国際都市シンガポールで暮らすコンサルタントの異文化日記

アジアの玄関シンガポールに暮らして20年余。 海外就職→転職→日本(逆)駐在の波乱万丈を乗り越えてシンガポールに経営コンサルティング会社を設立。 異文化というAWAYでの戦いを日々楽しんでいる日本人女性経営者の異文化日記です。

献血の日

先日、引越しをいたしました。
で、その準備やら片付けやらでついついブログの更新が遅れてしまいました(なんか言い訳っぽいですね)。

さて、過去数回にわたり「人生のリスクヘッジ」と題して書いてまいりました。まだまだ続くのですが、今日はちょっと面白い経験をしましたので、そちらを優先して取り上げますね。

それは、献血

私は実は献血、好きなんですよ(引かないで下さい)。
なんか良いことした気持ちになるじゃないですか。ボランティア活動というにはあまりにも簡単なことだけど、血液だけは化学をもっても合成できないわけで、輸血を待っている患者さんが大勢いることを考えると健康である者の義務じゃないかとも思えるのです。

まぁ、女性には珍しいぐらい「濃い血ですねぇ、貧血とか無縁でしょ」と献血の度に言われる体質もあり、家族友人には「献血でも行って少し血、抜いてもらってきたら」と笑われるキャラでもあり・・・(恥)

ことの起こりはMRTハーバーフロント付近を歩いていたらドナーの登録を勧められたからなのです。で、その場で予約をし、律儀に先週日曜日、その時間に出かけました。

MRT駅の改札口付近に献血ブースが設置され、おそろいのTシャツ姿のスタッフが大勢働いていました。日本と同じく質問票を記入し、医師の問診を受け、日本よりもう少し簡単な折畳み式のパイプのベッドに横たわります。目の前にはMRTから降りてきた乗客がぞろぞろ行きかい、それをベッドの上からぼけ〜っと眺めているという何とも非日常的なシチュエーション。

愛想の良いマレー系のナースは「今日は母の日だねー、母の日だけど私、仕事してるね。ま、好きな仕事だから嬉しいけどね」と訊きもしないのに一人で上機嫌でお喋り。そのあまりにテンポの良すぎる手先を見て急に小心者になった私。「痛くしないでね、私、初めてなんだから」と、日本では有楽町交通会館の献血センターの常連であったにも関わらず、お手柔らかに〜と心の中で祈りました。

日本と比べてちょっと驚いたのは、献血の針を刺す前に麻酔をするんですよ。細い注射器でほんの少量。でもこれで痛みをほとんど感じずに済みました。日本の献血ベッドには液晶テレビが設置されていたりしてなかなか快適なのですが、痛みに対する配慮の方が本当は嬉しいのかな、など考えながら相変わらずMRT駅を行きかう人の波を眺めておりました。

その後、毎日一錠づつのんでね、と渡された鉄剤のサプリメント。
なんと用意周到なこと!たしか10日分以上ありましたね。
はい、これまた律儀に毎日服用させていただいております。

献血後、ハート型の画用紙に何か一言と求められたので、思わず「日本人の皆さん、シンガポールの献血は“無痛”です!皆さんもどうぞ!」とメッセージを書いてしまいました。

このメッセージを読んで参加してくれる人が増えたら嬉しいな...と思いながら。


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私のキャリア半生記(給与編)

ここ数週間、殺人的に忙しくブログの更新が遅くなりました。
「読んでますよ〜」から「いつになったら更新するつもりなんだぁ!」まで、叱咤激励のメールをお送り下さった方々、ありがとうございます。

さて、前回の文末に「日本の給料と比較してかなり下がりましたが、あまり気になりませんでした。そんな比較自体がナンセンスであることを知っていたからです」と書いたのですが、それは事実でした。

仕事のやりがい云々を語ればそれぞれの個人の価値観に左右されると思いますので、今回は現実的かつ具体的に「日本の給与VSシンガポールの給与」の比較でお話を続けたいと思います。

日本の給与システムと当地のシステムで大きく異なるのは、シンガポールでは所得税以外に引かれるものがない、ということです(永住権保持者は異なります)。私は2003年からの数年間をシンガポール企業の日本駐在員として東京で勤務したのですが、その際に給与から引かれる項目の多いことに改めてため息をつきました。

所得税、住民税、厚生年金、社会保険料...余談ですが住民税は最初の年は課されない代わりに退職後の1年間にも請求されましたので、無収入となってからもかなりの金額を支払いました。厚生年金などどう考えても支払った額に見合う支給がなされるとは思えないのですが、これまたかなりの金額が毎月天引きされます。所得税に至っては独身、扶養家族なしですから、一切の控除がなく「これでもか!」という金額が毎月引かれていました。

片やシンガポールでは、まず住民税が存在しません。個人所得税のみです。これは1月から12月までを1年間として、その年の所得を個人個人で確定申告します。累進課税制ですから年収により若干の違いがあるものの、1か月分の給与額を所得税の支払いに充てておけばまず大丈夫だろうと思われます。大半の会社がAWSという名の固定ボーナスを支給しており、これが1か月分の給与と同額で年末に支払われますので、この金額をそのまま税金の支払いに取っておけば不足することはまずありません。 確定申告は通常、翌年の4月15日までにそれぞれが行い、その申告に応じて「これだけ税金払ってね」と税務署(IRAS)から請求書が来るのです。それが来たら各自支払いをすれば良いのです。

ですから、毎月の給与が3500ドルであれば、満額がそのまま銀行口座に振り込まれます。

医療費については会社間で若干の違いがあるものの、多くは会社指定のクリニックがあり、そこで日常的な疾病(風邪や腹痛など)を治療する場合は無料または2-3割の負担で済みます。入院については会社が団体保険に加入していることが多いので、よほどの大病でなければこの団体入院保険でカバーされます。少なくとも私が勤務した会社は全てそうでした。

よく日本の国民年金は任意で続けた方がよいのか、と尋ねられますが、私個人としては日本出国時に「カラ期間扱い」に変えてもらいました。カラ期間は未納期間ではないので、本来であれば25年間は加入していなければ支払われない国民年金ですが、カラ期間はその25年間の一部として取り扱われます。但し、カラ期間中は実際に支払ってはいないので当然支給額はその分減ります。ただ、年齢にもよるでしょうが、今の時代、本当に払っただけの支給がされるのか、あるいはシンガポールで利回りの金融商品にでも投資したほうがよいのか、は意見が分かれるところです。ちなみに私は完全に後者の方でした。

私の当時の1か月分の予算をお知らせすると、
1) 家賃(女性2人とプライベートアパートメントをシェア。専用シャワーのある個室を借りる)$800
2) 食費(大半は外食。普段はローカルフード、週末などは友人と食べ歩き)$500
3) エステその他、美容関係 $200
4) 携帯(会社支給でしたので無料)
5) 通信費(日本への電話など)$50
6) 交通費その他 $200
以上。つまり住んで食べていくだけで$1750でした。
給与のちょうど半額で基本的な生活は成り立ちました。
特にお金のかかる趣味などがなかったせいか、私の場合これで充分でしたね。
でも3ヶ月に一度、ど〜んとブランド物買ったりはしました。それもバッグや財布など比較的長く使えるものです。時計などはボーナスや昇進して昇給した時などに記念として買いました。

ですから毎月$1000貯金にまわしてもまだ余りました。
まとまって投資するほどの金額はありませんので、まずは手堅くFixed Deposit (FD)、つまり定期預金を利用しました。1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月の利回りを比べても元本がその程度ですからたいした差はつきません。ですから私は毎月1ヶ月もの定期預金に1000ドルづつ預け入れたのです。1ヵ月後の満期が来ても放っておけばそのまま自動的に更新されていきます。それにこうしておけば、いざまとまってお金が必要になっても毎月満期が来るので1000ドルまでならさほど待たなくても解約できます(中途解約も可能ですが、利回りが落ちます)。こうして1年間に12000ドルプラス業績連動ボーナスのきっちり半分を貯めました。

この「毎月1000ドル定期」はかなり長いこと続けました。
ある程度の金額がまとまったら一本化して更に利回りの良い期間に預け換えました。
起業する際にいくつかは解約し、その後、投信などにも振り分けましたが、まだ運用され続けている定期もあります。新しいライフスタイルに入る最初の段階で、お金の管理をする習慣をつけてしまうと後が楽であることを知りました。いくら以上の買い物であればクレジットカードを使う、というルールも作りました。こうしておくと手元にレシートが残りますから、今月はまとまった買い物がいくらあったのかが常に把握できます。

日本にいた頃より給与額の額面だけで比較すればたしかに下がりましたが、日本の一人暮らしのOLが1年間で100万円以上を数年にわたり貯金していくのは難しいのではないでしょうか。

給与を考える時、額面金額の差より実際の生活コストを割り出してそこからいくらぐらい貯めていけるか、を考えてみるほうが現実的です。勿論、いつかは日本に帰ると決めている人は、ある程度の金額がまとまった段階で米ドル、オーストラリアドルなどに分散投資して為替リスクを少なくしておくべきでしょう。ただ、シンガポールドルはかつてのアジア通貨危機をも乗り越え堅調に推移していますから、この先、急落するとは思えません。安定通貨だけに利回りもそれほど高くなくなってきているので(日本よりは高いですが)、最近は他通貨に振り分けて預けたりしています。

額面給与の比較という表面的な事象にとらわれず、「実質的にはどうか」という実態を捉えれば、シンガポールで支給されている給与額はそれほど悪くないのではないでしょうか。全てはやり方次第だと思うのです。


(次回に続きます)

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私のキャリア半生記(手段編)

不遜な言い方をすれば、私は「生まれる国は選べないけど死ぬ国は選べる」と思っています。

日本人として生まれたことを誇りに思い、日本は今でも大好きな場所ではありますが、前回のブログで書いた通り「このまま日本にいて幸せに暮らせるんだろうか?」という疑問は現実問題として日々大きくなっていったのです。

そんな時にシンガポール人と結婚した高校時代の友人と会い、シンガポールに何度か遊びに来るようになりました。その前にも銀行勤務時代、上司のお供でシンガポールのMAS(金融庁)に表敬訪問に来たこともあり、シンガポールについては「アジアでありながらビジネスは欧米的(?)」というわりと良い印象を持っていたのです。

新卒から外資系企業に勤めていた自分にとって、コテコテのアジア的ビジネス文化はなじまないものがありましたが、かといって米国留学時代、人種差別をそれなりに経験したこともあって欧米へ一足飛びに就職する勇気はなかったのです。シンガポールには、中途半端に(?)欧米のドライさがあるようなアジアのコスモポリタン都市という漠然とした、しかし良いイメージを持っていたのです。

今でこそ当時ほどには物価は安くなくなりましたが、12年前は本当に何でも安く感じました。

収入−支出=利益の原則はいずこも同じ。ここでなら家が買えるかもしれない。単純に言えばそう考えたのです。海外といっても飛行機で7時間も飛べば帰れるし、インターネットなるものが近い将来、各国間をボーダーレスにしていくとの話も聞いていました(そしてそれはほんの数年後に実現されました)。

思いついたら行動あるのみ、の私は早速、まずは命題「シンガポールで暮らせるのか?」について調べ始めたのでした。期待ばかりが先行し、まだそのインターネットなるものもそれほど普及していなかった1996年初頭のことです。情報を集めるのにとにかく苦労しました。そのあたりは昨年8月12日付ブログ「10年前の海外就職」、9月2日付「シンガポール就職記・その1」、12月16日付「シンガポール就職記・その2」に詳しく書きましたのでご覧になってください。

自分を人材として「売る」ためには、そして数年働いて帰国ではなく場合によってはそれこそ「家を買うまで」シンガポールに残るかもしれない...ならば就職先はどう選べば良いのだろうか? そんなことをあれこれ考えました。今から思うと極めて単純で浅はかな考えではありましたが、自分なりのJustificationをもって考え出したのが次ぎの結論でした。

1. 日本人であることが人材価値のプレミアムになること
2. 国籍にかかわらず昇進の機会があること
3. 日系企業の場合、本社派遣、現地採用との間で任せられる業務にあまり差がないこと


勿論、これに自分のこれまでの経歴が活かされる就職先であることは言うまでもありません。

私は一貫して企画営業の世界にいましたので物販の経験はありませんでした。ですからモノが流通していく流れはまったく理解できるセンスがなく、しかし、お客様のニーズを汲み取って提案してセールスに結び付けていくことは、多少業界が異なっても出来るだろうとの自負がありました。

日系、現地資本、欧米系と面接の機会をいただき、日系2社と現地資本系1社から内定が出ました。

現地資本系と言っても本社がシンガポールにあるということだけで、社長はフランス人でしたし、社内には当時17カ国からのスタッフが働いていましたのでかなり欧米的な社風でもありました。日本人マーケットを担当するマーケティングスタッフが欲しいとのこと。当時、かなりの比率で日本人マーケットのビジネスを手掛けていた会社でした。

ここでなら、日本人であるだけで希少価値を生む。国籍に関わらず昇進できる。
上記、2点は早くもクリアでした。

もっとも、後日わかったのは(骨身にしみたのは)、日本人であることを重宝がられるのは最初のうちだけで後は徹底した実力主義であったこと。昇進の機会が平等であるということは、英語のハンディなどおかまいなしに業績査定も手加減なくされるシビアな環境であること、でしたが。

当時、33歳。マーケティングエグゼクティブ(こちらではマーケティング担当、ぐらいの意味)での募集でしたが、面接最後にやる気と多少のはったり(?)でアシスタント・マーケティング・マネジャーとして採用されました。初任給、3500ドル。残業手当なし。当時のレートで換算すると22万5千円ぐらいでしょうか。どれだけ働いても3500ドル、というわけです。

日本では、その直前に旅行会社で企画営業をやっていました。旅行会社というのは業界的にそれほど給与レベルは高くないのですが、それでも単純比較すればかなり減りました。旅行会社の前は外資系証券会社でしたから、その水準と比較すれば雲泥の差です。

しかし、あまり気になりませんでした。
そんな比較自体がナンセンスであることを知っていたからです。

(次回に続きます)

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私のキャリア半生記(動機編)

先日、ある資産運用セミナーに出席しました。
経済ジャーナリストの浅井隆さんという方による講演会でした。
資産運用といえるほどの資産はあるのか?と自問しつつも、こういう機会にはできるだけ出るようにしています。潤沢な資産など無いからこそ最初から効率的に貯める方法を学びたいからです。

初心者向けということでしたので実践的な運用ノウハウよりも、今の世界経済そして日本、シンガポール経済を歴史とデータで捉え危機意識を持たせるのを主眼としていらしたようで、その意味では良いきっかけを与えていただいたと思います。

シンガポールは今、不動産市場の異常な高騰に例を見るように経済が過熱しています。サブプライムローンの問題に端を発したアメリカ経済の先行き不透明感は話としてはあるものの、シンガポールにいる限りそれを実感を持って捉えるのはまだ先のようにも感じられます。

しかし、経済は景気サイクルの長短はあれど歴史的に長い目で見れば均衡を保つように出来ており、それであれば今の景気がこのまま長続きするのはあり得ない現象と言えるわけです。

歴史的に見ても100年前つまり20世紀への移行期にはパリ万博の好景気から第一次世界大戦、その後、大恐慌の時代が訪れ第二次世界大戦へと続いています。こうした時期に国家間のパワーシフトが起こるそうで、100年前はそれが英国から米国へ、現代に置き換えれば相手は中国になるとのこと。

また、今世紀、産業の原動力となっていた原油は今や統計上枯渇する時期が読めるまでになり、代替エネルギーの開発が急ピッチで行われています。同時に異常気候現象に影響される穀物相場の急変など、経済の前提条件が様々に変化する時代に入ってきています。先の読めない時代であると言うことでしょうか。

日本の国家負債は1千兆円を超え、雇用や社会保障制度の枠組みが崩壊し、頼ってきたものが頼れなくなってきているにも関わらず、まだ日本人は根拠のない自信と安心感の上に安住している。それを打破するために自分で情報を得よ、人生にリスクヘッジをかけよ、というのがメッセージでした。

そんなお話を聞いていて、12年前、シンガポールに来るきっかけを与えてくれたある日の出来事を思い出しました。

当時、33歳。仕事は面白いし結婚はまだ先でもいいかな、と思い、先々を考えて都内にマンションでも買おうかと思っていました。当時はこういう女性が増えていたらしく、大手の○○不動産が都内に1LDKの単身者用分譲マンションをあるブランド名で売り出した時でした。

JR目黒駅から徒歩10分の好立地の単身者用マンション。賃貸に比べ共有スペースも広く、内装も凝っていました。ベッドルームには小さめでしたが一人なら充分。女性をターゲットにしていると見えてセキュリティとキッチンは充実していました。

で、お値段。

当時の価格ですが、3500万円。手続きのコストやローン利子を入れればほぼ4000万の物件でした。当時も10万円近く家賃に払っていましたし、ボーナスでの増額返済もある。しかし...

「ローンは35年で組んでいただいて云々...」とニコニコ顔で説明する営業マンの顔をぼんやり眺めながら35年間この部屋のためにローンを払い続ける自分を想像しました。

35年後は私は既に68歳。多少の繰上げ返済が可能だとしても定年までは確実にローンはついてまわります。その後に残るのは築35年の1LDKマンションだけなわけです。

「なんかおかしくないか?」
大学卒業後、かれこれ10年働いているが家を買う頭金もたいして貯まっていない(それは自分も悪いのですが)。その後、30年以上も借金返済に明け暮れ、その後にこの程度のマンションしか手元に残らない人生って一体何なんだ...?

将来住むところがなくなると困るし、年齢が高くなると独身の女性は部屋を借りるのも難しくなるという話はそれなりに理解はできました。でも、地方に行けばいくらでも土地は余っているし、そもそも住まいなんてライフステージによって変化する単なる「入れ物」でしかないんじゃない? ライフステージに住まいを合わせるのが本来であって、なぜ人生を犠牲にしてまで住まいのために働かなければならないのか?

「仕事をする場でしかない東京の住まいは賃貸、休暇やまとまった時間を過ごすために長野に一軒屋を持っている。引退後は長野でゆっくり暮らす」と言っていた著名なジャーナリストの方がいました。アメリカに留学していた時にお世話になったファミリーも、家族構成の変化やライフスタイルの変化に応じて家をどんどん住み替えていました。土地・家=資産なんだろうか? 流動性が確保できている市況ならばそれでも良いが、市場が急落したら売るにも売れなくなる。35年ローンを払い終えた時に長野で引退したいと思っても、そのマンションが売れる保証はどこにもないと思いました。

その日を境に私はことある毎に日本の先行きを考えるようになりました。
その状況の変化が自分の人生にどのような影響を及ぼすかを真剣に考えました。


既に高齢化社会への予測は立っていましたし、国家財政は赤字でした。バブル崩壊後で金利はどんどん下がりしかし株式市場はそれに反応しない。税収が足りなくなれば元々積極運用はしない日本政府のこと、増税という手段でしか赤字を埋めることはできないだろうな、と。そうなればこれまで払ってきた年金など払った分すらも戻ってはこないな、と。

そのときの予想は約10年後、経済小説家・幸田真音さんの「日本国債」「代行返上」などの作品を読むと充分当たっていたことを知らされました。

何よりもこれだけ働いてきて、将来にわたりまともに家一軒買えない国にいることがおかしいことのように思えてきたのです。

私の海外就職は実はそこから始まりました。

(次回に続きます)

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子供たちに救いの手を

私が住んでいるシンガポールは日本同様の豊かな国です。しかし、同じアジアの国やアフリカなどでは、本当ならば学校に通う年齢の子供たちが家事の手伝いや、わずかばかりの賃金のために学校にも行かずに働いています。ワールド・ビジョンはそういった子供たちに救いの手を差しのべています。以下のバナーがワールド・ビジョンのホームページにリンクされています。
バナー

真のタフ・ネゴシエーターとは

シンガポールで仕事をするようになって気づくことのひとつに、「日本人はネゴ(ネゴシエーション)をしない」または「したがらない」ということです。

反面、こちらのシンガポール人は時として「そんな無茶な〜」と思えるほど強引にネゴをして言い分を通そうとする面もありますので、これもひとつの文化の違い。どちらが良いとか悪いとかの話ではありません。ただ、ネゴシエーションというより単に自分の要求を通そうと頑張る方も多いので、これをネゴシエーションと呼ぶべきかどうかはまた別の話です。

特に条件交渉などの場面でこの傾向が顕著に表れるようですね。
日本人はお金で揉めるのは見苦しいという美意識があるからでしょうか。
片やシンガポール人は「転職する以上、給与アップは当然」と考えます。ステップアップのための転職なら当然責任範囲も広がり、それに見合う待遇を求めてくる。同時に新しい環境へ入り不慣れな環境の中で早期に実力発揮を求められるというリスクを取るということだから、そのリスク相殺分はしっかりいただかなければという考えに裏づけされているようです(と、同時に企業側も「まだ未知数である相手」に賭けるわけですからお互いにリスクテイクする立場にあるのですが。たまにこの点については忘れている候補者もいるようです)。

日本人の候補者の方を面接していて「給与金額について具体的なご希望はおありですか?」と聞くと、「いや、先方企業から見て妥当と思われる給与で結構です」と答えられる方がいます。とはいえ、その方の家族構成などから考えてシンガポールで生活をしていくのに最低限必要な額というのはおのずと見えてくるはずです。そうした生活維持コストを試算できていれば、そしてその業界で経験があり給与相場もそれなりにわかっているならば、この段階で「先方の考える額で」ということ自体が誤りなのです。この一件で面接をする側はその人に冷静な判断力があるかどうかを見てしまいます。

当社も業界ごと、ポジションごとに大体の給与相場は把握しておりますので、明らかに常識はずれの「ふっかけてるな」的金額ならば、まずはその算出根拠を尋ねて軌道修正します。「先方様だのみ」で話が続き、最終的に企業からオファーが出た後、「よくよく考えてみたらこの金額では」という返事になると、その方の判断のタイミング、思慮の浅さを感じざるを得ないのです。

これは候補者側だけではなく、企業側にも同じことが言えます。かなり前のことですが、候補者側の前回給与を若干下回るオファーを出された企業がありました。これはその組織中、当該ポジションの上下に位置する給与額が固まっている中での算出であり、それ自体を変更することが難しかった例です。「この候補者は採りたい。でも給与はここまでしか出せない」の一点張り。そんな条件を伝書鳩のように候補者に伝えるのはコンサルタントのプライドに関わるというもの。

そこで企業側と話合った結果、試用期間後の給与見直しでも若干のアップしか図れない事情があるため、この社員についてはビジネスディベロップメント職ということもあり、別途、インセンティブ契約を取り付けました。単純に売上に対して何パーセントというインセンティブではなく、マネジメント項目も含めて全てポイント制にし、それをインセンティブに振り返るというスキームです。企業にとっても実質的な成果を上げた中から拠出される金額なので社内的な承認も得られた例でした。

ネゴシエーションというのは、最終的には共存共栄、WIN WINの状況を作り出すものでなければならないと思います。単に押しの強さだけで交渉力があると思うのも間違いですし、相手の状況を考えずに要求を通すことでもないと思うのです。相手に負担を強いずにどうしたら自分の要求が通るか。

交渉上手というのはどれだけクリエイティブな頭を持っているかなのではないでしょうか。
そして真の交渉上手というのは、どこまでいっても笑顔で粘り強く交渉を重ねてきます。
相手をリラックスさせ、態度を硬直化させない術も熟知している。
それは単に相手の顔色を見ながら感情に訴えた駆け引きを繰り返すこととは根本的に異なると思うのです。
否定的な表現より肯定的表現を多用するというのも言葉の選択で重要な点です。
「これじゃ出来ません」→「こうすればできます」と提案を含んだ言い方です。


とは言うもの、やはりネゴシエーションは難しい。
マニュアルがあっても参考程度にしかならないものです。
相手の考えを複数シュミレーションする想像力と、自分の希望する条件に優先順序をつけられる判断力、昨今言われるKYではありませんが、その場の空気を読める勘の良さ。
自分を殺さずにかつ相手も尊重する人としての品性。


一朝一夕には身に付かないものだけに、常日頃、様々な場で自分を訓練してみることが必要なのかもしれませんね。


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ラジオに登場!

昨日、シンガポールの日本語FM局で対談番組の収録をしてきました。
シンガポールにはなんと日本語FM局があるのですよ。

シンガポールとその周辺国の日本語電話帳や生活情報紙を発行しているCOMMプライベートリミテッドという会社がやっていらっしゃいます。この会社を興した森氏は、海外引越や広告業、レストラン経営など海外で暮らす日本人が求めるサービスを早期に発見され、今やその多角経営ビジネスでシンガポールでは最も成功されたビジネスマンと言える方でしょう。彼のブログ、「オレ森だけど聞きたいことある?」にはそのダイナミックな半生が面白く語られています。

そんな森会長との15分対談。
気さくなお人柄ですし何度もお目にかかっていますので対談自体の緊張はなかったのですが、それにしてもあのOn Airと書かれたランプのあるスタジオ、やはり普通の人間にとっては異空間ですよね。幸い生放送ではないので、最悪トチったら技術担当の方に泣きついて修正、編集していただこうと腹をくくり、いざスタジオへ。

「朝の番組だから明るくさわやかにいきましょうね」という森氏の言葉に従って、午後3時なのに「おはようございま〜す」と始まりました。ああ、昔、イーストコーストに住んでいた頃は車でECPを走りながら通勤途中にこれを聞いていたんだな...と、通勤途中の方々を思い浮かべながら思い切りさわやかな声を出したら、ちょっと上ずったかも。

森氏による紹介から始まり、まずは会社のこと。
数ある日系人材紹介会社の中にあってプライムサーチインターナショナルとしての特徴を申し上げました。
マネジャーポジションを目指す方とホテル、レストランなどのホスピタリティ産業に重点を置いたご紹介を行っていることなど。

その後、私の以前の会社の東京勤務中に体験した捨て犬保護活動のボランティア、そしてアメリカの事例からのちょっと面白い話(全部はここでは書きませんよ〜、先のお楽しみということで)。

私が勝手に自分への応援歌としている竹内まりやさんの曲も紹介させていただきました。
私は本来はクラシックとジャズ派。で、日本の歌になるといきなり演歌派になるのですが、日本語番組でジャズを朝から聴くのもねぇ...ましては朝からこぶしの利いた演歌はないだろうと思い、大好きな竹内まりやさんになったわけです。

それにしても森氏の語り口のお上手なこと。うま〜く私の話したいことを引き出して下さり感謝、感謝。
日頃、インタビュー(面接)をする側なのですが、たまにはこうしてインタビューされてみるのも面白いですね。

シンガポールにいらっしゃるかたは是非お聴きになってみてくださいね。
3月10日(月) 朝8:15〜8:30 
FM96.3 
インターネットを使ってもお聴きいただけますよ

http://www.international963.sg/webradio.asp?varKey=01032885010


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オタクになりきる英語攻略法

シンガポールの公用語は英語です。
と言うのに少々悩んでしまうくらい、シンガポール英語、俗称シングリッシュはマレーや中国語の訛りがかなり入っているのですが。

以前に勤めた会社で、イギリス人の同僚が「まいっちゃうよね〜、シングリッシュが聞き取れないと真面目に英語わかる?とかきいてくるんだから」と苦笑いしていました。ま、ノン・ネイティブの私たちにとっては相手もちゃんとした英語を話していないわけだから気負わずに話せる環境ではありますね。

それでもここの人達はハリウッド映画を字幕無しで理解できているわけだから、やはり英語力はそれなりにあるのです。以前に勤めた会社ではお客様には日本人の方がいらっしゃいましたが、一時期、社内では日本人は私だけという状況もありましたから、朝から晩まで英語漬けでした。会議やレポートを全て英語でこなすのは慣れるまでは大変でした。日本語が妙に懐かしく、こちらの紀伊国屋書店に入り浸ったりNHKの衛星放送のナントカ歌のステージなどを見て演歌を一緒に歌ってたり(傍目には危ない人??)...それなりに苦労もありました。

今では上手いとは思えませんが、一応、テレビの英語ニュースは問題なく聞き取れます。東京で勤務していたときはお客様が欧米企業からの駐在員でしたので、プレゼンテーションは全て英語。その環境も英語力を鍛えるには役立ちました(シングリッシュではなくまともな英語を話さなければならないプレッシャーも英語矯正力として働きました)。

よく「英語力をつけるにはどうすればいいんですか?」と質問されるのですが、これは一定期間マニアックに英語にハマるしかないです。また、英語は耳からとも言いますが、それでもある程度の文法(会話だけなら中学3年レベルで充分)とボキャブラリーがないと上達も遅くなると思います。実は私はNHK教育テレビのファンで、東京滞在中は英語やその他の外国語のプログラムをよく流して見ていました。教え方、上手いですよ、飽きないし。一度、きちんとやろうと思ったら、中学3年までの文法参考書を2週間ぐらいで徹底してやっつけてしまうのも手です。どんなに苦手という人でもさすがに中学1年レベルは流し読みで良いと思いますので、中2、中3の部分をきちんとこなすことです。これもだらだらやらないで、半月ぐらいでやり終えてしまうのがベストです。

耳を慣らすのに私が取った方法は、わかりやすいアメリカのホームドラマ(子供が出てくるドラマの方が言葉が平易)のビデオを借りてきて、何十回も流して観ることです。私は3回目あたりからテレビ画面の下部5センチぐらいに紙を張って字幕を隠して観ました。今はDVDですから字幕OFFに設定すれば良いですよね。こうして徹底的に繰り返して観るのです。だからある程度内容に興味があるビデオの方が飽きずに済みます。

この方法で私が観た映画は「ワーキング・ガール」「ウォール街」「セントエルモスファイヤー」「キューティブロンド」「トゥルーカラーズ」「アメリカンプレジデント」「DAVE」「ボーン・イェスタディ」...オフィスドラマ物、青春ドラマ物、ラブコメ物が多かったですね。あっ、80〜90年代の話だから映画自体がちょっと古いか...

要は何でもいいのです。とにかくどの映画も軽く30回は観ています。マイケル・ダグラスの大ファン(最近はジョージ・クルーニーに代わりましたが)ですから彼の出ているウォール街、アメリカンプレジデントはそれこそ台詞を覚えるまで繰り返しました。両方の映画ともに後半に彼がスピーチ(ウォール街では株式総会の場面、アメリカンプレジデントではネガティブキャンペーンの場面)をする場面があるのですが、両方のスピーチはついに全文を覚えてしまいました。鏡の前で一緒に真似してスピーチするのです。目線、手振り身振りも真似して(もっと危ない人に見えたかも)。

映画で英語を覚える利点は英語のリズムが身に付くことです。どこを強調しどこをさらりと流すか、というリズムがあると英語は上手く聞こえるものです。

いろいろなやり方があると思いますが、どれも「繰り返し身体で覚えるところまで徹底的にやる」ことだと思います。高校時代に1年間だけアメリカに交換留学していましたが、それが今の英語力に影響しているかといえば何とも言えません。仕事で使えるレベルの英語ではなかったと思います。価値観や物事の考え方では影響を受けましたが、英語は日本にいても身につけようと思えばできると思います。実際そういう人を何人も見ています。できないのはできないと思い込んでいるから。

先日、こちらのテレビでバス・マニアの若者の取材番組を見ました(飛行機じゃないですよ、バス、バス。普通の路線バスです)。彼らはシンガポール中の路線を徹底的に覚えて、バス車体の年代モデルが全て頭に入っている。いわゆるオタクなんです。徹底しています。人がなんと思おうとも四六時中バスのことを考えている。暇さえあればバス路線ディレクトリーをめくっている。

対象は何であっても極めるには一時期オタクになりきことが必要なのかも...

英語ってある程度のレベルまでいくと、そこからは自動的にボキャブラリーも増えていくし覚えもよくなっていくので、まずはオタクになって徹底的にやっつけちゃってくださいね。

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シンガポール住宅・引越し事情(その3)

前回からの続きでいきますね。
1999年の前半に長期の東京出張を命じられました。実際には8ヶ月程度でシンガポール本社に戻ったのですが、当初は最長1年の予定だったのです。

アジアの経済危機の時代で景気が悪くなることの不安はありましたが、不動産市場が下落してどうにかひとりでコンドミニアムを丸々一戸借りられるという嬉しい時期でもあったのです。

せっかく手に入った「丸々一戸」の暮らしを手放すことに抵抗はあったのですが、とにかく湿気の多いこの国で何ヶ月もエアコンを使わずに部屋を放置するなど考えられない。帰ってきた頃にはクローゼットの中がカビだらけになっているかも...それに何より住んでいない部屋に大枚を払うなんて!いくら安くなったからと言っても一戸丸々借りれば間借りしているより高くつきます。

そんなときに当時の同僚の日本人女性が「じゃあ、うちに来ない?大きな家の一間を借りてるんだけどマスターベッドルームが空いてるのよ」と嬉しい情報。

早速次の週末に出かけてみるとそれはUpper East Coast Roadのさらに先、East Woodと呼ばれる住宅地にありました。でもバス停まで徒歩2分。バスに乗ってしまえば乗り換えなしでシティホールの勤務先まで30分ぐらいで着きます。シンガポールは朝晩のラッシュアワーには一般車はバスレーンに進入してはならないという規則があるので、乗用車よりバスのほうがスイスイ進んだりするのです。

二連長屋のような作りですが、一戸一戸が巨大。玄関を入ると30畳ぐらいのリビング、階段を上った中二階にその部屋はありましたが、実はマスターベッドルームと呼ばれる主寝室はそのさらに上の階だったのですね。そこにはジャグジーつきのバスがあって大家さんご夫妻が暮らしていました。私のいるフロアは所謂中二階で他の部屋はなし。階段の踊り場にあるドアを開けるとその部屋につながっていました。

ドアをあけると15畳ぐらいのかなり広い部屋。右奥にバスタブと独立したシャワーブースがあり、バスルームの前の壁一面が収納です。今では1500ドルぐらいはかかるのでしょうか。当時は公共料金込みで700ドルでした。

私の同僚はそのさらに2階上の階の少し小さめ(それでも8畳以上は充分にある)の部屋に暮らしていました。最初は私の部屋にいたそうですが、シンプルライフの彼女は小さい方が落ち着く(本音は掃除も楽!)、だから家賃もその分安くして欲しいと交渉したそうです。

私は結局その部屋に引越し、大家さんのお人柄が信頼できそうだったので、不在のときには鍵を開けて週1回エアコンを1時間ぐらいかけて除湿してもらうことをお願いして出張先に戻りました。その後は2ヶ月に一回ぐらいシンガポールに戻って数日本社で働いたらまた東京に出張するという生活を続けていました。

ホームステイみたいに見えますが、実際には大家さん家族とはほとんど接触なし。門限もないし、居ようが居るまいがお構いなしという様子でした。洗濯だけは階下の大家さんの洗濯機を借りていましたが、バスルームが広いのでそこに干していましたね。キッチンは使えませんでしたが冷蔵庫は同僚の彼女と私で一段貰っていました。でも、手頃に外食できるし、部屋に湯沸しポットだけ置いておけば特に困りませんでしたね。

よく、大家さんや他の入居者がいることで抵抗があると言われるのですが、こちらの暮らしでは割と当たり前のことです。特に今のような家賃の高い時期は、フラットシェアをしたり大家さん同居の住宅の一間を借りたりしたほうが賢明でしょう。玄関と自室の鍵を渡され、あとは勝手にどうぞ、という感じです。同じ屋根の下に住んでいる同僚とも会ったり会わなかったり。朝もお互い自分の時間で出勤しますから、たまにバス停で会って「あれ、戻っていたの?」と言われたり。

不動産市場は高騰しているのはほんの一時期で低迷している時期の方が長いのです。
前回お話ししたように、礼金もなく敷金も1ヶ月(たいてい全額返金されます)、引越し屋さんも安いのですから、再び家賃が下がる時期が来たら積極的に動くぐらいの柔軟な考えでいったほうがストレスにならないと思います。




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シンガポール住宅・引越し事情(その2)

「12年間に6回の引越しをしている」と言うと引越し魔のように思われますね。あっ、別に夜逃げの必要があったわけではないんですよ(こんな狭い国土で夜逃げもないですから)。

これはもう単純に不動産市場の動向を見ながら、「同じ予算でも市場が下がればもっと環境の良いところに」。 また、最初に入った会社で半年以上の長期出張で東京に滞在した際は「住んでないのに高い家賃を払うのは惜しいから、もっと安いところに」、を繰り返した結果なのです。

日本だったら礼金が家賃の2ヶ月、敷金が2ヶ月、仲介手数料が1ヶ月分かかりますから、そんなに引っ越したら大赤字です。引越し屋さんに払うお金もかかります。でも、ここでは手間さえいとわなければ大丈夫なのです。

まず、礼金は存在しません。敷金(デポジット)は通常1ヶ月分です。これは部屋にダメージを与えてそのまま逃げてしまう入居者がいる可能性もありますから、大家さんとしても当然の防衛手段ですよね。 で、仲介手数料。これはかつては全額大家さんの負担でした。今は家賃2500ドル未満の物件に関して不動産会社の仲介を経た場合、1ヶ月分の仲介手数料を大家さんと入居者で半額づつ負担します。そもそも入居者という、家賃を払ってくれるお客さんを探してもらうのに、なぜその入居者が手数料を負担しなければならないのかは疑問でしたから、こちらのシステムにはすっきりと納得しました。

そしてこちらは大半の物件が家具・家電製品つきなのです。ですから選択に余裕があるときは、この点もチェックして物件を選ぶことになります。カーテン、ベッド、クローゼット、テレビ、エアコン、洗濯機、冷蔵後、電子レンジ、基本的な食器、調理器具などたいていのものは既に備え付けてあります。好みのベッドシーツとタオルさえ買えば、とりあえず生活は開始できます。

引越し屋さんはこれは千差万別。シンガポール人は国内引越しであればトラックを借りて自分でしているようです。こうした時に割と気軽に「手伝ってよ」と頼める社会のようで、親戚や友達が借り出されることもよくあります。私も同僚の引越しは何度か手伝わされました。実際に力仕事をやったり掃除を担当したり。あっ、作業中に犬を預かってくれと言われたこともありますね(無類の犬好きですから)。

私はそういう部分は日本人的なのか、せっかくの休日に友人に申し訳ないし、自分のプライベートな品をあれこれ見られるのもなんとなく嫌だったので、ローカルの業者さんにお願いしました。私がお願いしたところはかなりやり方は荒っぽかったものの、かなりの分量でも300ドルぐらいでした。

最初の2人のシェアメイト(同居人)と1年半生活して、少し生活に余裕が出てきたので2年目の終わりに初めて一人でコンドミニアムを一戸借りました。築4年ぐらいのイーストコーストにある物件で、引っ越した夜にひとりで夜空を見ながら敷地内のプールで泳いだ時は嬉しかったですね。こちらのコンドミニアムにはプール、テニスコート、フィットネスジムなどがついていることが多く、住人は無料で使えます。あと、門番として24時間、セキュリティガードがいることが多いのも安心ですね。

1997年。アジアの景気が下り坂になり、それまでの家賃相場ががくっと下がった時でした。(次回に続く)

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